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ワカポン

Author:ワカポン
 山は自転車のため、自転車は山のため。
 仙台を起点に、夏は蔵王や鳥海での大会を目指してヒルクライム練習と、近辺の沢登りや花の稜線歩き。
 冬は山スキーで蔵王・月山メインに、あちこち出没中。
これは、その日記です(boke防止)。


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DATE: CATEGORY:自転車コーナー
なせば成るスタンプラリーライド」なるものにチーム・アムーナの有志4人で参加してきました。

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内容は、置賜地方の道の駅を、自転車で巡るイベント。
参加費は6000円也。
7つの道の駅を全て回れば、米沢牛を400グラム(すきやきタレ1本付き)がいただける。
楽しみながら、景品の肉をいただこうと、朝4時前に起床し舞草さんの車で米沢市役所広場へ。
200人超の肉好きサイクラーが集まっていました。
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7;00、「ドンドコ ドンドコ」と太鼓の仰々しい音に見送られ30人ずつスタート。
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我々は7:30。
コース指定は無く、どのように7つのポイントを回るかはそれぞれ自由。
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コース案内もサポートもなく、あくまでも自己責任。
我々は手始めに喜多方へ通じるR121を辿り、①田沢の道の駅へ。
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その後、②飯豊~③長井~④白鷹~⑤南陽~⑥高畠~⑦米沢と道の駅を探し巡る、
トータル約130キロのルートを設定。
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ところがところが、当日天気は猛暑注意報
時間と共に気温は上がり路面温度も急上昇。
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いいでの道の駅に着いた頃には既に30度越え。
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とめどない汗にペットボトル何本空けたか数知れず。
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じりじりと照りつける日差しと路面からの輻射熱に、忍の一字で耐えながらペダルを踏みます
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とにかく、目の前にはニンジンならぬ牛肉

疲労の溜まる後半の小滝峠までの長いだらだら坂の上りは、34度の猛暑の中まさにボディブローのように脚に効いてくるのであります。
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南陽の熊野大社に着いた時は、既に15時を回っていました。
タイムリミットは17時。
思ったより時間がかかっており、乳酸の溜まった脚に気合いを入れ、スピードを上げて高畠・米沢の二つの道の駅をこなし、
ゴールしたのは16;30.
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獲得標高がおよそ1000m、約9時間のラン。
その間胃袋へは、カロリーメイト、ざる蕎麦大盛り、アイス&ソフトクリーム3本。
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ペットボトルは数知れず。

帰りに立ち寄った温泉で夕食をとったものの、水の飲みすぎで久しぶりに丼のご飯を残すはめに。
ともあれ、熱中症にも事故にも合わず、無事米沢牛をゲットできて目出度しメデタシ。
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サイクルメーターは137キロを表示していました。
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                  おしまい


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DATE: CATEGORY:自転車コーナー
遂にと言うか、突然ながら松本サイクルが店を閉じることになった。
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体調不良もあって「近いうちに店を閉じる」と話をしてはいたのだが、僕はその「近いうち」は年末か年度末の区切りあたりかな、と勝手に解釈していた。
松本サイクル。
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開店は昭和56年だったか。
店主の松本さんとはそれ以来の付き合い。
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当時僕が他店でブリジストンの黄色いスポルティーフを購入し、西多賀の路上をポタリングしていると左手の集合店舗に
小さな自転車屋が開店していた。
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「へー、自転車屋ができたんだ」とその前を通過すると、若き男がこちらの自転車をしげしげと見ながら僕と眼が合った。
これが最初の出会い。
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ややあって店を訪れ、言葉を交わすようになる。
店主は、米沢工業時代自転車競技部で国体にも出たという松本さん。
その話に魅せられ早速ロードレーサー(当時はロードバイクとは言わなかった)を組んでもらった。
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フレーム素材はクロモリ、メーカーはケルビム。
パーツもデュラやカンパを採り入れた、当時としてはなかなかの物。
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松本サイクル第1号のオーダーロードの完成だった。

二人で6時半集合の朝練が始まった。
距離は、せいぜい名取の高舘辺りを周回する1時間ほどの短いコースだったが、ほぼ毎日走った。
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彼の走りは、姿勢がぐっと低くダッシュをかけられると、始めたばかりの僕は付いていくことができない。
通過する車の後ろに付いてスピードを上げ、僕の視界から遠ざかっていくこともあった。
特に坂道でのスタートダッシュは、さすが元国体選手と思わせるようなテンポの速い踏み込みで「ガッ ガッ」と駆け上がっていく。
男の僕でも惚れ惚れするような走りだった。
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とにかく負けまいと後を追いかけながら、連日一緒に走った。
ロードで走る楽しさを教えてくれた師匠でもある。

その後仲間も増え、チーム名も「ビクトリーサイクルフレンズ」として、あちこちの大会に出るようになった。
蔵王七日原で毎年開催のツールド蔵王初め、中新田、江刺などなど。
練習も七ヶ宿、福島、相馬へと距離を伸ばしていった。
その後、会の活動の充実度に合わせ、「チーム・アムーナ」と改名。現在に至っている。
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命名者は松本さん。
インドの「空飛ぶ神様の乗り物」の名をヒントにしたらしい。

その松本さんが、数年前に体調を崩し自転車に乗れる状態ではなくなった。
あれほど好きなロードバイクに乗れなくなった。
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それでもフレームビルダーとしてロードやクロスの自転車製作はがんばって続けてきた。
彼の作るクロモリフレームは丈夫さに加え、美しいフォルムにけっこうファンが多く、全国各地からのオーダーもあった。
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「日本一小さな、フレームづくりの自転車屋」と冗談を言いながらも、3畳間程度の一人動くのがやっとの作業スペースで自負の込もった仕事をしていた。
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それもここしばらく痛みがひどく、力仕事も姿勢保持も厳しいと言っていた。
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そして6月いっぱいでの閉店。
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閉店を決めても変わらぬ笑顔で接しているが、心中察して余りある。
そして、今になって改めて存在の大きさに気付く。
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僕だけでなく、他のチームメンバーも同じ思いだろう。
仙台から貴重な職人の一人が消えていく。
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ジャネーの法則というのがある。
幼い時・若い時ほど年月の経過は長く思われ、年を重ねるほど短く感じるものだという。
確かに僕も10歳から成人を迎えるまでは、非常に長い10年間だったように思える。
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松本サイクル、37年。
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長かったのか、短かったのか・・。
いつかまた一緒に走れる日が来れば、と思う。
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2018年6月30日の本日をもって、まつもとサイクル閉店。
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ご苦労様でした。
DATE: CATEGORY:未分類
悠々田舎人さん宅を訪問
相変わらず趣味良くきれいに整えられたお宅です。
ジャズの音色が、遠くの山々や目の前に広がる田畑に彩を与えています。
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早速、手作りの木の枠にセットされた味わいある焼き物のドリップでコーヒーをいただきました
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居間からパノラマに広がる田園風景の中で、ゆったりとした時間が流れていきます。

昼食に出された自家製小麦の細めのウドンは、もっちりとして甘味のある美味しさ。
カリッと揚がった天ぷらの野菜も、すべて自宅の採れたて野菜。
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食べるのに夢中になって肝心のウドンの撮影を忘れたけど、
本当の贅沢は、これなんですね。

しばらく談笑の後、ブルーベリー畑へ。
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植えて5~6年だそうです。
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初めてのブルーベリー狩りだという妻は、遠く広がる蔵王の山々を背景に、喜び勇み 黙々と摘み作業に専念。
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大村さんご夫妻:楽しいひとときを本当にありがとうございました。
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今度は我が家で、僕の蕎麦をば・・!
PS:味の保証は出来かねます
         おしまい

DATE: CATEGORY:未分類
雑誌やテレビなどマスコミでも話題になる「田舎暮らし」。
夢とロマンに溢れる言葉である。
いつ頃からこの言葉が世間に認知されるようになったのか。
高度成長期は都会が大きな吸引力を持っていた時代。
田舎に住んでいること自体が引け目でもあったし、人々の目線は憧れの眼差しで東京に向いていた。
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話がずれるけど、会津弁丸出しの中学生の頃、猪苗代スキー場のヒュッテで聞いた”標準語”を話すお兄さんお姉さん達の会話。イナカモンが初めて”トーキョー”と出会った日だった。
地元の子供達にとっては標準語=東京だったのである。
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外人にでも出会ったような驚きと同時に、妙な反発心を持ったのを覚えている。

学生運動も関西東京の活動は激しく活発だったが、仙台ではデモや集会でシュプレヒコールをあげる程度だった。
そんな学生運動も下火になりかけた頃だったと思うが、当時若者達にとって神様の一人だった岡林信康が、”田舎暮らし”に入ったというニュースが話題となった。
そのうちバブルのあたりからか、多様な生き方のひとつとして田舎での暮らしに雑誌やメディア等でスポットが当てられるようになった。
それらは母の実家が会津の山奥で、その暮らしにくさを記憶している当時の僕にとっては、よく理解できないことだった。

そんな偏狭な思いを下地に持つ僕が、ひょんなことから知り合った田舎暮らしをしている方の家を訪問することになった。
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場所は川崎町。
普段のお住まいは、仙台長町。
田舎の家までは車で40分かかるかかからないかの”便利な゛場所。
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実に瀟洒でいろいろな暮らしの工夫を備えたお家。
古い家を16年掛けて少しずつリフォームを重ね、畑を耕し、現在に至っているとのこと。
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目の前には広い田畑が広がり、大きく開けた居間からの眺めは、おそらく毎日居ても飽きることはないと思われるほど。
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脇のベランダからは蔵王の山々が遠景としてパノラマに広がっていた。
四季の蔵王の景観を楽しめるように設計されたのだろう。
ほとんどが長年のDIYの結果というから恐れ入る。

近くの畑を案内していただいた。
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一反以上はあると思われる広い土地に、野菜と名の付く多くの作物が栽培されている。
50本ほど植えたというブルーベリまで収穫に備え青い実をたくさん付けていた。
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「この畑で汗を流し、小屋で一服しながら蔵王の山々を眺めるのが至福のひと時」とか。
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無論、ここに至るまで大変な苦労があったと思う。。
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なにより一番素晴らしいのは、周りの地域の方々や友人とのつながりを大切にしながら「田舎暮らし」を楽しんでおられること。
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いただいた名刺にも「NPO川崎町の資源を生かす会理事」とある。
談笑している間にも「近くの人から・・」「友達と・・」というお話が出てくる。
このスタンスが無ければ田舎暮らしは成立しないし、田舎暮らしの重要なベースとなるんだね。

帰りに、「ご飯に入れて炊くとお赤飯のように赤くなって美味しいよ」と奥様から赤いエンドウ豆をお土産に頂戴した。
他にも紫タマネギやニンニクの芽、スナップエンドウ、レタスなど持ちきれないほどの野菜をいただいて帰宅。
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帰り道ドライブしながら思った。
岡林信康だけでなく細川元首相や著名なナントカ芸能人だって、古くは身分制度廃止後の武士集団も「農」に入る(戻る)。
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自分も山へのめり込む。
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年を経ると、緑色が好みになってくるという話も・・。
本能的に自然回帰していくのかなあ・・。

その晩の我が家の夕食が、川崎野菜づくしになったのは言うまでもない。
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これまでの苦労を笑顔に変えてしまう、とても爽やかな田舎暮らしのご夫婦だった。
改めて、「生き方」の勉強をした一日になった。

「もうすぐ梅もぎを仲間達とするから」とお誘いを受けた。
「是非!」
              おしまい
DATE: CATEGORY:山コーナー
遠刈田温泉街にある瀟洒なカフェレストラン「えんそう」のマスター遠藤さんのお誘いで、山の先輩&師匠の深野さんと3人、あけら山へ。
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通常ルートではありません。
西面の北原尾側からあけら山へ繋がるルートです。
無論登山道など無く、未整備の藪踏み跡がわずかに残っているだけ。
メジャーとなりつつある蔵王古道の開削に尽力した遠藤さんが、もっと故郷の山を楽しんで欲しいと、今度はあけら山へのルート開削に挑戦しています。
これが出来ると青麻山~あけら山~遠刈田と縦走コースとして繋がることになります。
と言うことで、北原尾からの林道に車を置いて出発。
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最初は、木漏れ日射す広葉の林の中を気持ちよく高度を上げていきます。
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が・・・。
次第に道は怪しく藪っぽく・・。
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遂に藪藪の道。
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踏み跡も不明瞭に。
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それでも、このルートを何度か辿り刈り払いにも尽力されてきた二人は迷うことなく藪を漕いで先へと進みます。
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どうにかp756手前のコルへ。
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まっすぐ伸びる急登をこなし756を右折、一旦下ってあけら山山頂着。
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山頂から青麻山へは、しっかりした登山道が繋がっています。
初めてのルートでしたが、しっかり整備されれば蔵王の山々を眺めながら広大な牧場へとゴールする楽しい道になるかもしれません。
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それにしても、蔵王の山々に誇りを持って、故郷を元気にしようと日々行動に移す遠藤さんには敬服感服!
一応今回辿ったルートを載せてはおきますが、何度もお話しするように枝道も多い藪道。読図力が試されます。
入る場合は経験豊富な方と十分な準備でどうぞ。
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なお、蔵王古道や遠刈田温泉など、いろんな情報を知りたい方は、「えんそう」へどうぞ。
気さくで元気な遠藤さんが懇切丁寧に教えてくれます。
コーヒーが実に美味!
              おしまい

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